「晏子春秋」内篇問下第四凡そ三十章 第六
「景公問ふ、賢不肖学ぶべきかと、晏子対ふるに勤勉をとなすを以てす、」
【生来の賢不肖よりも、努力の尊ぶべきことを述べて、景公の問いに答える】
景公、晏子に問うて曰く、
「人は生まれついて賢愚の差があるが、学問によって上達は可能か?」
晏子、答えて曰く、
「詩経にあるように、『高い山は人はこれを仰ぎ、大道は人これを行く』と。(詩経を引用した賢者を尊ぶの比喩)賢を学び進み征くのはその人自身の努力によります。
ゆえに諸侯が並び立ち、善をして怠らない者は長、おさに成れるのです。多くの優れた人物が並び立ち、善事を成しおおせる者が師と言われるのです。」
高山仰之、景行行之(原文) 「高山景行」は何人にも尊敬されるものの喩えに用いられる。
人の努力を推奨した章である。之者其人也(之く者はその人なり)とは論語子空偏「進は吾が往くなり」と同意であろう。
山田 琢先生注訳より、
「晏子春秋」という書物は、晏子の自著では無いが定論となっています。晏子が自分の言動を取りまとめたものもあるだろうが、晏子の言動に関する記録が戦国時代頃にまとめられたというのが定説です。晏子と孔子は同時代の人です。
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