日暮れて途遠し、それでも㋧どこまでも、いつまでも、山谷越え・・・

つぶやき、独り言❓【自分大好き人間】の好きな生き方、

「晏子春秋」 問上第三 凡そ三十章 第九

「景公問ふ、国を治むるには何かを患ふる、晏子対ふるに社鼠猛狗を以てす」


【国の政治の災禍ヲ成すものを、社鼠と猛狗の比喩をあげて述ぶ】


景公,晏子に問うて曰く、
「国を治めるには何を災禍として、心配すべきかな?」
晏子、答えて曰く、


「あの、社に住む、鼠を心配しています。」
景公、曰く、
「なんのことだ?」
晏子、曰く、
「社を建てる時には、板を束ねて、その上に壁を塗りますが、鼠は隙間に身を隠してしいます。鼠を退治しようとすれば、燻して鼠を追い出しますが、間違って社を焼く恐れがあります。また、水を注ごうとすれば、壁を壊す恐れがあります。鼠が社に住んでいるが為に、殺す事が出来ない理由です。
 それと同じような、国にも社鼠がいます。君の近臣はまさにこれです。己の悪を君に隠し、己の権威を国民に押し付けて私利を計っています。このことを罰すれば、国は乱れずにすみますが、この臣を罰し、死刑にするには君の偏愛が過ぎ、君がかばって後押しをしているようなもの、これが国の社鼠です。
 宋の国の人で、酒を売る者がいます。酒は美味そうで、酒器をとても清潔に作り、酒屋の看板も大きく、とても目立っているのに、酒が腐って酸っぱくなり売れません。
里人にどうしてだと尋ねました。
里人が言うには、『あなたの犬が獰猛で、酒を買おうと店に入ろうとすると、犬が噛みつきます。狗がこわくて近寄れません。これでは酒は酸っぱくなくても売れません。』と。これが国にもまた猛狗がいると言う事です。君主が家臣を用うることとは正にこれで、道徳的学術の士を諸侯が召し抱える事が国の安泰なのです。」


社は良くても悪賢い鼠は隠れ蓑にする、いくら法令がよくても、施行の方法が悪いってネ。